北海道キャンピングカーの旅2026-28 焼尻島

7月27日 焼尻島 白浜野営場

今朝も気持ち良い涼しい朝だ。
朝食の後はいつもの様に、コーヒー&ミュージック&昼寝ですね。

 

昼からオンコの森へサイクリングで、運動をして来ました。
「焼尻島は、島の約3分の1を原生の森が占める自然豊かな島で、約50種・15万本ともいわれる天然林が広がっています。高山植物や原生の草花が咲き、多くの野鳥が羽を休めるこの森は、島を代表する自然の魅力のひとつです。
オンコ林園地は、その森の中に整備された散策区域で、焼尻島の森林景観を気軽に体験できる場所です。島の東浜地区から森へ入り、散策路を進むと牧草地帯へと抜けるルートが続きます。森を抜けた先にはめん羊牧場の草原が広がり、焼尻島らしい景観の移り変わりを楽しむことができます。」
(羽幌町観光協会のHPより引用)

 

「焼尻島には、江戸時代後期、北方警備にあたった会津藩士の墓が静かに残されています。
文化4年(1807年)、ロシア船による蝦夷地襲撃を受け、幕府は奥羽諸藩に北方防備を命じました。会津藩は宗谷・利尻・樺太などを任地とし、約1,600名が出兵。うち約250名が利尻島に派遣され、北の海を守る任務にあたりました。
翌文化5年(1808年)、任務の往復や警備の途上で命を落とす藩士もいました。利尻島では、暴風雨による難破や病により亡くなった計8名の藩士を弔う墓碑が建立されています。
焼尻島に残る墓は二基あります。一基には
「会津小原巴近忠貫墓 文化五年戌辰七月十一日」、
もう一基には
「会津山内一学豊忠基 文化五年戌辰七月十六日」
と刻まれています。
焼尻島における当時の詳細な記録は残っていませんが、北方警備へ赴く途上、あるいは帰還の途上で船中にて亡くなった二人を、焼尻に寄港して埋葬し、後の航海で墓石を運んで建立したものと伝えられています。」
(羽幌町観光協会のHPより引用)
そんな昔から北方防衛は行われていたのですね。興味深いです。

 

 

昼間はだれもいなかったこのサイトも、今夜は道内からの親子連れのキャンパー、チャリダー、下の段には南アルプス市の中学生の修学旅行キャンプの団体と賑やかな夜だ。
夏の賑やかなキャンプサイト、孤独な爺様の一人旅も、たまには話し相手がいるのも良いもんだ。
チャリダーの方から、サフォークの焼肉をひと切れ頂きました。私はラムとかジンギスカンは抵抗が有ったのですが、このサフォークは旨かったです。流石、島っ子食堂で一人前4,000円で売ってるが分かりました。
7:30、昨夜と同じ19℃、外は寒い、北海道のキャンパーは、ちゃんと本格的なアウターを羽織ってる。
此処は北海道のキャンパーも、わざわざ来るんだ。
チャリダーは私より3つ先輩だ。元気なもんだ。

 

今夜は音楽もかけず、静かに寝ます。ちょっと寒いです。
お休みなさい🌕🌕

 

 

 

今夜のBGMはHailey TuckのClose to You

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