北海道キャンピングカーの旅2026-44 紋別市
8月14日 紋別公園・流氷展望台下の駐車場
朝8時、日の当たる所は30℃以上ある。
北海道もおかしくなったのか、暑い、暑い。
蕎麦を食べに「手打ち蕎麦 活木庵」に行く。
辛味大根蕎麦を頂きました。久しぶりの蕎麦で美味しかったです。
街中の歩道の花壇、みなさん綺麗にしてますね。
北海道は街中やお家の前とか、お花が多いですね。
マルカイチ水産㈱ 直売所でタラバと大きな毛蟹を仕込む。
これで、当分、蟹には困らないだろう(笑)。
海洋公園のキャンプ場もいっぱいだ。
これだけ混んでると、逆に疲れそうですね。
旧上藻別駅逓所、駅逓跡だが、いろんな資料が豊富で、見応えがある。
特に、鴻之舞金山関係の資料や展示は数も内容も素晴らしい。
此処のオーナー?さんは、鴻之舞の出身で、ライフワークだと話してくれました。
よくこれだけ集めて、整理されてると、感心する。
鴻之舞鉱山慰霊碑、こんな山の中に、世界でも有数な規模の金鉱山があったんだ。
藻鼈川沿いの鉱山街には、1942年の最盛期には、14,000人以上の人が住んでいたらしい。
ーー旅のひとことーー
北海道・鴻之舞鉱山慰霊碑
こんな山の中に、かつて世界でも有数の金鉱山があった。
藻鼈川沿いに広がった鉱山街には、1942年の最盛期、14,000人を超える人々が暮らしていたらしい。
道内最大規模の「恩栄館」と言う映画館もあったらしい。
今では、その街があったことさえ想像できないほど、ほとんど何も残っていない。
微かに住友のマークが残る倉庫らしき跡が見えるだけだ。
イタドリや蕗やササの藪の向こうに消えてしまった、幻の街。
人々が暮らし、働き、笑い、泣いた場所も、いつしか自然へ還っていく。
今はただ、風と綺麗な野の花だけが何かを語りかけてくる。
なんだか、夢を見ているようだ。
紋別に戻って、オホーツクラベンダー畑に寄ってみる。
この時期、当然ラベンダーは見れませんし、他の花もお休みの時期ですが、ほんの少しの花たちが頑張ってました。
ソフトクリームも美味しかったです。
美はらしの丘 バラ園、さすがにお盆に薔薇は無理かと思いながら訪れてみました。
頑張って咲いている薔薇が結構いました。九州では無理ですね。
渚滑神社、かなり寂しい感じですが、此処にも立派な鎮魂碑があります。
この鎮魂碑、裏面に歌が刻まれています。
「戦没のみ霊を慰め
久遠の平和を願い
おも影を鎮めて
とわに風薫る」
昔の忠魂碑の英霊を単に讃えるだけの言葉とは違い、永遠の平和を願いつつ、遺族の切ない思いが伝わって来る、思いのこもった歌ですね。
表の台座の赤い石板には
「鎮魂 母乃夢路に」
と刻まれてます。
そして「母の夢路に」は、実際に戦前に広く知られた歌の一節らしいです。
元になった歌は、
「靖国の宮にみ霊は鎮まるも
をりをりかへれ 母の夢路に」
作者は陸軍軍人の大江一二三(おおえ・ひふみ)。
1937年、日中戦争で戦死した部下・立山英夫中尉の葬儀に送った弔電として詠まれた歌でした。
立山中尉の軍服のポケットには母親の写真があり、その裏には母を思う言葉と「お母さん」が何度も書かれていた、と伝えられています。
そして、この歌に信時潔(のぶとき・きよし)――「海行かば」の作曲者――が曲をつけ、広く知られるようになりました。(チャピーに調べてもらった)
裏面の四行とつながってくるんですね。
戦没のみ霊を慰め
久遠の平和を願い
おも影を鎮めて
とわに風薫る
そして碑の下には、
鎮魂 母乃夢路に
「英霊」「武勲」「忠節」を前面に出すのではなく、亡くなった息子の面影と、それを待つ母がこの忠魂碑の一番静かなところに置かれている。
こんな優しい言葉が刻まれてる忠魂碑もあるのですね。
くつろぎ湯処 紋太の湯でお風呂を頂く。今日は暑かったので、生き返る。
紋別公園に戻って冷凍食品でチンで夕ご飯。
なんだか今日の旅は、いつもより少しだけ昔の人たちの時間の中を走った様な気がする。
今夜のウイスキーは、静かな曲が似合いそうです。
今夜も独りぼっち、美味しい酒が飲めそうです。
おやすみなさい💤🌙





























































































