北海道キャンピングカーの旅2026-46 紋別から網走へ
8月16日 紋別公園・流氷展望台下の駐車場
今朝はだいぶ涼しい、マックスファンだけで良い風が入って来て、何日振りかの気持ち良い北海道です
午前中はずーと涼しい風が吹き抜けて、何処にも動きたくない。
結局、昼間はいつものように ぼーっと&昼寝でした。
くたびれた爺さんの旅人は、旅をする気は有るのかな?
夕方になったので、ぼちぼち歩いてお街へ下りていった。
途中、紋別厳島神社を通り抜けていった。
立派な本殿と古びた祠が三つほどあった。
境内には慰霊碑、忠魂碑、句碑などもぽつぽつとある。
此処にも立派な忠魂碑がある。また、そこには歌が刻まれた石板もある。
紋別市招魂祭奉讃歌
作詩 上野雷雲
作曲 田上 尚
一
よもの嵐の 静まりて
平和の空は 輝けど
戦の庭に 出しまま
還らぬ君ぞ しのばるる
二
心の平和 あらずして
世界の平和 あるべきや
英霊永遠に 安らけく
君は尊し 仰ぎ祭らん
渚滑神社の忠魂碑と同じ様に、単に英霊を祀るだけでなく、何か平和への意志を感じる。
渚滑神社のものには、「帰らない息子と待つ母」という、とても私的な悲しみがあった。
今回の紋別の歌には、そこからもう一歩外へ出て、
「死者を悼むことから、世界の平和を考える」
という思想がある様に思う。
特に、「心の平和あらずして 世界の平和あるべきや」
これは、今の時代に読んでも少しも古びていない。むしろ忠魂碑のそばにあるからこそ、重みがあると思う。
さらに参道の脇に割と新しい句碑が、
「陽矢の窓 静かに来り音もなく」 北香
北海道の春が、やっとやって来た感じがする句だ、調べたが何も分からない。
俳号がちょっと素敵、多分地元の俳人では?
こうして北海道の小さな町で、誰かが残した石の言葉に立ち止まる旅。
結構面白い、良いじじい旅だ。
ところで、渚滑神社の忠魂碑の裏面の石板に刻まれていた
「おも影を鎮めて
とわに風薫る」
この句の俳号が読めず、作者が分からず、気になっていたので、紋別市博物館に問い合わせのメールを送っていたのですが、返事を頂き分かりました。
堀川旦州、どうやら紋別周辺で獣医師として仕事をしながら俳句を続けた人だったようです。
旦州は戦争を知らない後世の人が、碑文用にそれらしい言葉を書いただけの人物ではなく、紋別で長く暮らし、人や動物や土地を見つめ、それを言葉にしてきた俳人だった。
そして「風薫る」は初夏の季語です。
亡くなった人たちを「勇者」「英霊」「忠節」といった強い言葉で讃えるのではなく、
面影を静かに心に鎮める。
そして、その場所を初夏の風がいつまでも吹いてゆく。
そういう言葉を選んだ。
そして、何故か、僕の心に残った?
お風呂に入って、食事に行こうと思ったが、今日は日曜日、閉まってるお店が多くて、結局、昨日行ったイタリアンのお店で頂く。
今日も何もしなかったので疲れた??
お休みなさい🌙💤
8月17日 紋別から網走・てんとらんどオートキャンプ場へ
七竈の葉っぱが紅くなり始める、葉っぱから先に紅葉するんだ。
活木庵で蕎麦を食べ、紋別を後にする。
湧別町の道路沿いに可愛いお店が見えたので車を停めてみた。
「洋食YOKOYAMA」、昼食は食べて来たので、次回に食べてみたいと思います。
オムライスとかがとても美味しいお店らしいです。
黄色い鳥居が、僕を呼んでいる。
神明宮神社です。罵倒観世音、地神、開拓碑、かなり厳つい忠魂碑、オールセットで揃ってました。
罵倒観世音は家畜の供養、地神は大地や土地を司る神。
忠魂碑は紀元2600年改修と裏書があります。
紀元2600年(昭和15年)祭は僕が生まれる前ですが、日本中で大規模に祝賀したのでしょうね?
この手水鉢、恩給記念、横に大正十三年甲子春と刻まれてます。
ちょっと気になったので調べてみました。
この神社のある湧別の北兵村は、まさに屯田兵村です。
湧別屯田は明治30年(1897)に設置され、北兵村は第五中隊の地域でした。
そして、大正12年の恩給法改正によって、それまで恩給を受けられなかった屯田兵の一部が恩給を受けられるようになったことが、かなり明確に記録されています。
おそらくは、恩給を受けることになった元屯田兵たちが、そのことを記念し、感謝の意味も込めて、自分たちのお金を出し合って神明宮へ奉納した手水鉢なのだと思います。
一見すると古びた手水鉢に「恩給記念」と四文字あるだけ。でも、その四文字の向こうには、
兵士として北海道へ入り、原野を開き、兵役を終え、歳をとり、ようやく恩給を受けることになった屯田兵たちがいる。
そして百年以上経った今、その手水鉢が北兵村の小さな神社に残っている。
ーー旅のひとことーー
北海道・湧別町 北兵村 神明宮
何気なく神社の片隅に置かれた、古い手水鉢。
そこに刻まれた四文字――「恩給記念」。
「なんだろう?」
ただそれだけで、少し立ち止まった。
調べてみると、この辺りはかつての屯田兵村。
兵士として北海道へ入り、原野を開き、やがて兵役を終え、歳を重ねた人たちがいた。
そして、ようやく恩給を受けられるようになったことを記念して、この手水鉢は奉納されたらしい。
百年以上経った今も、手水鉢は小さな神社の片隅に残っている。
旅をしていると、ときどきこんな石に出会う。
何でもない四文字の向こうに、
その土地を生きた人たちの人生が見えてくる。
芭露100年記念碑、北海道によくある開基100年記念碑ですが、九州では見かけた事は無いですね。
この碑の文章で私がいいなと思うのは、単に「100周年おめでとう」ではなく、
「過去の歴史を偲ぶ時、先人の偉大な御功績に限りなき敬意と感謝を捧げる」
と刻んでいるところです。
北海道を走っていると広い畑や牧草地が当たり前の風景に見えてしまいますが、こういう碑を一つ読むと、
「ああ、この風景にも最初の一鍬があったんだ」
と思えてくる。
九州では「昔からそこにある村」が多い。
北海道では比較的新しい土地だからこそ、「ここを最初に拓いた人を忘れない」という意識が、石碑という形で強く残ったのでしょうね
サロマ湖畔に立つと、対岸が遠くて「海みたいだな」と感じますが、それでも琵琶湖はその4倍以上。琵琶湖はやっぱり桁違いですね。
ただ、サロマ湖は周囲に大都市がなく、原生的な景色がそのまま広がるので、数字以上に「果てしなく大きい」感じがする湖だと思います。
はなてんと、地域の企業の協賛、ボランティアさん達で運営されてるガーデンです。
夏の今が見どころの時期ですね。ロードサイドで、小さいけど気楽に寄れる素敵なガーデンです。
こんやのお宿は、てんとらんどオートキャンプ場
此処は網走のお街からは少しだけ距離がある丘の上のキャンプ場で電気、給排水、個別の流し台の設備が整った広々とした、道営のオートキャンプ場です。
ウオッシュレットのトイレ、ロッジ、パークゴルフ場、シャワー、ドッグラン、ワンちゃんOKのサイトもあり、有料でゴミの回収もして頂けるし、とても眺めが良いキャンプ場です。
それに、私は利用したことは無いのですが、サイトまで魚介類、肉類を配達してくれる「てんとらんどのデリバリー!」と言うサービスまであるみたいです。
今回、私はC6、1番上の方で眺めが良いサイトに泊まってます。
このCサイトは今夜は私だけで、広々と贅沢にキャンプ(車中泊)させてもらってます。
今日の肴は紋別で仕込んだタラバ蟹、炊事場が広いので楽々捌けました。
日が落ちて急に涼しく、寒くなって来ました。
遠くにちらほらキャンパーさんはいるが、今日もほぼ1人、酒が美味い、風が気持ち良い。
お休みなさい💤💤
8/18 網走・てんとらんどオートキャンプ場
センターハウスでシャワーを浴びただけ、後は、木々と遠くを眺めてぼーっとしてました。
夕方になったのでタクシーで山を下り、お街に出て行って、「鮨やまし田」さんでお寿司を頂きます(笑)。
キャンプ場が3,800円で、タクシーが往復5,000円以上かかります。
寿司屋も程々したので、結構贅沢してしまいました。
大将が大分市出身で、お客さんとも話が弾み、気がつけば夜も更けて行き10:30を回ってる。
お寿司もお酒も美味しかったが、話しが楽しかった。
キャンプ場に戻ると真っ暗、ゲートも閉まってる。
でも大丈夫、出かける時にキャンプ場の人に聞いてます。
自分で開ければOKだと(笑)。
真っ暗なキャンプ場をiPhoneのライトを頼りに車に辿り着く。
今日も酔い一日でした。
お休みなさい🌙💤












































































いつも北海道の耳寄りな情報をありがとうございます。
SAMさんが行かれる高級なお店には行けませんが、ドッグランやキャンプ場のトイレに関する情報は特に興味深く、
旅のスケジュールにどんどん組み込んでいます。(笑)
実際に巡れるかは行ってみないと分かりませんが、選択肢は多いほど旅が楽しくなると思っています。
エルショコアデルパパさん、コメントありがとうございます。
ワンちゃん連れだと、NGのキャンプ場も結構あるので大変ですよね。
道の駅とか公園の駐車場とかでなく、設備の整ったオートキャンプ場に泊まるとやっぱり楽ですよね。
おいぼれ爺いの旅ですので、たいして参考にはならないと思いますが。
ぼちぼち旅して行って、泊まったところはアップしていきますので、よろしくお願いします。