北海道キャンピングカーの旅2026-74 芦別から旭川へ
9月24日 旭川 神楽岡公園
昼から芦別を旅立つ。
セブンで買い物。
芦別・常磐ふるさと公園
芦別市常磐町にある、地域の人たちのための静かな公園。平成9年(1997)に供用開始された公園で、広場や木々が整備され、横にはパークゴルフ場もある。
園内で目を引くのが、立派な「沢口斯一翁頌徳碑」。肖像まで嵌め込まれた大きな石碑で、沢口斯一翁の生涯や功績を顕彰し、あわせて95歳の時に書き残した人生訓を刻んだ碑、裏面には一族の来歴や地域との関わりがびっしりと刻まれている。
今では静かな公園だが、この碑を見ると、ここにも土地を拓き、農業を営み、地域をつくってきた人たちの時間が確かにあったことが分かる。
遊具や広場を見るだけなら普通の公園。
でも石碑を読むと、急に「常磐という集落の歴史」が見えてくる。
九州だと、こういう小さな集落の公園の一角に、個人の肖像まで入れた大きな頌徳碑がどんと建っているという景色は、少なくとも北海道ほどは目にしない印象があります。九州にも顕彰碑はもちろんありますが、神社境内、寺、学校跡、役場周辺などに置かれることが多く、地域の公園にこれほど堂々と個人碑が残るのは少し珍しい。
北海道では開拓の歴史が比較的新しいぶん、「誰がここを拓いた」「誰が道路を通した」「誰が学校や農業組合に尽くした」という個人の記憶が、まだ土地の歴史と直結しているんでしょうね。
この沢口斯一翁の碑なんか、まさにそうで、
「偉い人だから碑を建てた」というより、
「この人の人生が、この土地の歴史そのものだった」
という感じがします。
芦別・班渓神社
明治27年、下班渓への入植とほぼ同時に創祀された神社。
開拓者たちが郷里から天照大御神を勧請し、地域の鎮守として守ってきた。
境内には開拓三十周年と五十周年、二つの開拓記念碑。
「俺たちはここを拓いたんだ」という土地の記憶が、石になって二度も残されている。
そして昭和4年奉納の狛犬。
胴体から脚まで、卍のような毛文様だらけ。尻尾まで実に凝っている。
開拓碑が二つ。
毛卍だらけの狛犬が一対。
班渓の人たち、石に残すのが相当好きだったらしい。
天気はいまいちですが、新城峠駐車公園からの眺め。
旭川高砂台 万葉の湯、メープルロッジの1200円が高いと思ってたが、此処はなんと1800円、JAF割りで10%割引、それでも高い。
広くて、お風呂も沢山あり、悪くはないが、ちと高いのでは。
此処は夜中も営業してて、食事もちゃんとあるみたいで、長時間ゆっくりと滞在する所なのでしょう。
深夜から朝9時にかけての料金は別で1500円でみたいです。
24時間営業でキャンカーの駐車場泊もOKみたいで、深夜や早朝にお風呂に入らなければ、1800円で泊まれるみたいです。
連休は明けたけど、道の駅は結構車がいっぱいです。そのまま素通りして神楽岡公園へ、今日は車もぽつんぽつんで少なくて泊まりやすそう。
此処に泊まるのは何年ぶりだろ?、前回2021年に訪れた時は熊出没注意で閉鎖でした。
GOタクシーで、タクシーを呼んでお街へ向かう。
「寿司処 みうら」で久しぶりのお寿司を頂く。
此処の大将と女将さんとても良い人で、話好き、お寿司を食べに来たのか、話をしに来たのかわからない。
「音楽レコードBar ティダ」、多彩なジャンルのレコードにcdがいっぱいjazz vocalのレコードもあり、ゆっくりと音楽を肴にウイスキーを頂く。
何より、入り口のドアにNina ShimoneのHere Comes the Sunのジャケットがあしらわれていてクール。
マスターとゆっくりレコードの話しとか色んな話が聞けて良い夜でした。
車に戻って、寝酒にウイスキーをもう一杯飲む。
今日はお昼過ぎの雨の後、気温が上がらずちょっと寒い、完全に秋に移り変わってしまいましたね。
FFヒーターを弱目に入れ、布団もちょっと厚いのに変えた。


























