北海道キャンピングカーの旅2026-76 旭川
9月26日 旭川 神楽丘公園
夕方「杜のSPA神楽」に行ったが駐車場がいっぱいで諦めた。
結局今日はお風呂にも入らないままだ。
昼間は車でぼーっと、夕方はお風呂にも入れず、夜も車でぼーっと、本当に何もしない1日だった。
これも旅の1日だ。
お休みなさい🌙🌙
9月27日 旭川 神楽丘公園
朝6時10℃小雨、秋の寒さと相まって寂しい感じの朝です。
午前中はコーヒー&ミュージックでぼーっと、昼から「三浦綾子記念文学館」に行った。
三浦綾子という人は、やっぱり根っこのところで、人を愛することを大切にした人だったんだと思う。
僕とは大違いだべ。
見本林モミの木公園をちょっとだけ歩いたが、ゆっくりと散歩するには良さそうな所だ。
ーー旅のひとことーー
北海道・旭川・三浦綾子記念文学館
三浦綾子の言葉に、
「一生を終えてのちに残るのは、
われわれが集めたものではなくて、
われわれが与えたものである」
とある。
僕の旅は、何かを残すための旅ではない。
碑を見て、神社を歩き、
消えかけた町の跡を眺め、
寿司を食べて、酒を飲む。
そして翌日には、また別の町へ行く。
ずいぶん刹那的な旅だ。
でも考えてみれば、
旅だけが刹那なのではない。
町も、人も、花も、
神社も、炭鉱も、
今日食べた寿司さえ、
同じ姿のままではいてくれない。
諸行無常。
何もかも変わり、
やがて消えてゆく。
だからこそ、
今ここにあるものが妙に愛おしい。
立ち止まって碑を読むのも、
古い狛犬の顔を眺めるのも、
夕暮れに酒を飲むのも、
その一瞬しかないからなのだろう。
僕は何かを残したくて旅をしているわけではない。
ただ、
消えてゆくものを、
消えてゆく自分が見ている。
その刹那が面白い。
写真を撮り、
少し言葉を残し、
誰かに話す。
それが結果として、
三浦綾子のいう「与えたもの」に
ほんの少しだけ近づくのなら、
それも悪くない。
文学館を出て、
見本林のモミの木の間を少し歩いた。
秋の風が静かだった。
この風も、
この旅も、
僕も、
いつか消える。
だから今日も歩く。
そして今夜も、
寿司を食べて酒を飲む。
たぶん、
諸行無常とは、
そんなに遠いところにあるものではない。
ーー旅のひとことーー
北海道・旭川・三浦綾子記念文学館
『氷点』を見に来たら、「氷点・地ビール」が売っていた。
氷点まで冷やしたら飲めんべ
さて、何度まで冷やして飲めばいい?






























